2005/12/22
トヨタカップ決勝を考える(前編)
〜ゴールシーンを分析してみる〜

 これまでヨーロッパ王者と南米王者が雌雄を決してきたトヨタカップ。それが今年から、世界一(地球一? 笑)を争う名目の元、アジア、アフリカ、北中米カリブ海、オセアニアの大陸王者を加えた「FIFAクラブワールドチャンピオンシップ トヨタカップ ジャパン2005」として生まれ変わりました。
 問題は多々あったようですが、それはどこでも書かれていたので、ここで触れるのはやめておきます。

 さて、決勝戦は「サンパウロ×リバプール」という順当な対戦となりました。実力から見て当然だったと思います。
 「ナマケモノ」で書いた通り、いろいろあって最初から見られませんでしたが、最初から見ていても、印象は変わらなかったと思います。
 「勝ちにこだわったサンパウロ」。この一言で済みそうです。

 そして、サッカーが分かっている人には通好みな、あまり分からない人には「点が入らないからつまらない」「リバプールが内容では勝ってたじゃん」というゲームだったかと思います。
 まぁ、そんなこと言っていても始まらないので、前編ではゴールシーンについて詳しく見ていきたいと思います。

 前半27分に生まれたサンパウロのゴールシーンには、いくつかポイントがありました。

1. [S14] FWアロイジオが、中盤まで下がってフリーになった。
2. 右サイドラインからのパスが、30m先のアロイジオに通った。
3. フリーになったアロイジオが、ゴールに結びつく浮き球のパスを出した。
4. ゴールを決めたのは、ボランチの [S7] ミネイロだった。
  ※ [S**]はサンパウロの背番号**番、 [L**]はリバプールの背番号**番という意味。

 この辺りを解説しながら、ゴールシーンを分析してみましょう。

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1.[S14] FWアロイジオがフリーに 【図1】

 サンパウロのゴールは、[S14] FWアロイジオからのフワリとした浮き球のパスが、DF裏に絶妙なタイミングで出されたことで生まれました。パスを出したエリアは、【図1】の赤斜線部。ここにスペースがありました。そして、そのスペースを使ってボールを受けるべく、アロイジオはそこまで下がったのです。

 もちろん、アロイジオをマークしていた [L4] ヒーピアには、その意図が分かっていました。だから、一度はマークしようと一瞬前に出ています。しかし、前へ出れば、自分がいるべき最終ラインの真ん中のスペースを空けることになります。
 マークし続けるか、残って最終ラインのバランスを取るか。一瞬迷ったヒーピアは、最終ラインのバランスを取ることを選びました。

 これについては、当然の対応だったと思います。ボールは、右のサイドライン際にいた [S3] ファボンが持っていたからです。ここからスゴいパスが出たとしても、ボールが動いている間にポジションを修正すれば対応できます。アロイジオはかなり離れた位置まで下がったわけで、そこまで出て行けば最終ラインの真ん中がポッカリ空いてしまいます。
 マークとバランスのどちらを優先するか。もうお分かりですよね?

 ただ、ここでアロイジオはフリーになりました。そして、ゴールをアシストすることに…


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2. そして、ダニーロはダミーだった 【図2】【図3】
 
 右サイドでボールを持っていた [S3] ファボンの出したパスは、30数m先の [S14] アロイジオに、すんなりと通ってしまいます【図2】。
 ここでポイントになったのは、センターにいた [S10] ダニーロです。ファボンからパスが出た瞬間、ダニーロがどうするか、リバプールの選手は様子を見ざるを得ませんでした。ボールサイドにより近い位置にいたからです。
 結局、そのパスをダニーロは受けません。ファボンのパスは、フリーだったアロイジオへのパスであり、その意図はダニーロにも分かっていたからです。


 このパスで、ダニーロをマークしていた [L22] シソコは、1対2の場面を作られてしまいました。
 これも仕方ありません。アロイジオのマークをしていた [L4] ヒーピアは最終ラインに留まったわけですから。アロイジオに出されたパスだと気付いた瞬間、シソコはダニーロのマークを捨て、アロイジオに素早くアプローチしようとします【図3】。対応はセオリー通り。間違いはありませんでした。

 しかし、この場面で大きなミスを犯していた選手がいます。[L14] シャビ・アロンソです。


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3.アロイジオに迷いなし 【図4】

 パスを受けた [S14] アロイジオは、最初から決めていました。フリーになった [S7] ミネイロにラストパスを出そうと【図4】。
 彼は中盤に下がる時、右サイドの状況を見ながら、ボールを待っていました。だから、[S7] ミネイロがノーマークになっていて、オフサイドにならないポジションでラストパスを待っているのを、アロイジオは分かっていたのです。
 だから、ボールをトラップしてから右足アウトサイドでシュート回転をかけた浮き球のパスを出すまでに、何のためらいもありませんでした。
 ボールをコントロールするのに若干もたつきはしましたが、アロイジオから出されたラストパスはDF裏のスペースへ。そのボールは、DFが対処しにくく、ゴールを決めることになるミネイロがシュートを打ちやすい場所へと落ちていったのです。

 [L22] シソコの対応は悪くありませんでした。よく間合いを詰めに行ったと思います。
 ただ、残念だったのは、アロイジオにボールが通った時点で一度止まったこと。この場面では、ボールを持たれてかわされたとしても、ボールを持った一瞬でさえ、守備陣には貴重な時間だったと思います。状況判断するためのコンマ何秒が稼げたからです。
 相手にパスが通った時点で止まるのは、守備のセオリーです。ボールを持つ相手の次の動きに対応しやすくするためです。シソコはセオリーを実践しました。ベニテス監督がリバプールにやって来る前に指揮を取っていたヴァレンシアからわざわざ引っ張ってきた、攻守両面で能力の高いMFです。しかし、その優等生な対応が失点につながるとは…
 これがサッカーの難しいところです。でも、面白いところでもあるのです。


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4.守備の基本を怠ったシャビ・アロンソ 【図4】【図5】

 ゴールを決めた [S7] ミネイロは、[L14] シャビ・アロンソがマークすべき選手でした。しかし、シャビ・アロンソは、【図2】の段階でマークを離し、ボールに気を取られていました。そして、アロイジオの絶妙のパスがミネイロに渡った時、シャビ・アロンソはボールの軌道を目で追うことしかできなかったのです。

 まあ、マークは良しとしましょう。ゴール前までマークすれば中盤のバランスが悪くなります。そう考えたとしたら、仕方ないでしょう。ならば、シャビ・アロンソは [L22] シソコがボールサイドにずれた瞬間、シソコの背後をカバーする必要がありました【図4・白抜部】。DFと中盤にできるスペースは、相手が使いたいエリアだからです。
 しかし、シャビ・アロンソはボールを見ていただけで、ポジションを修正していませんでした。これが数秒後に悲劇を招きます。

 [L4] ヒーピアは、ミネイロがフリーでゴール前へ近づいていることに気付いていました。しかし、アロイジオがフリーでパスを受けた瞬間、どうしたらいいか判断しかねる状況に陥ったのです。前へ行くべきか、ミネイロをマークすべきか。そう、ヒーピアの前には、相手が使いやすいスペースがあったのです。
 もし、シャビ・アロンソがポジションを修正していれば、安心してミネイロに注意を向けていたでしょう。アロイジオがドリブル突破してきても、ディフェンスできるポジションにシャビ・アロンソがいるからです。
 結果的にはそのスペースは使われませんでした。アロイジオのパスは、ヒーピアの背後へ出ました。でも、ヒーピアがミネイロに注意を向けるためには、シャビ・アロンソのポジション修正が必要だったのです。

 パスが出た瞬間、素早く反応して、冷静にゴールを決めたミネイロ。対応が一瞬遅れたヒーピア。気付いた時には遅かった [L2] ワーノック。パスが出てから全速力で戻った [L23] キャラガー。

 勝負は、このちょっとした瞬間で決しました。


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5.大きく響いた (?) ハマンの不在

 リバプールが失点した大きな原因は、ゴールした [S7] ミネイロをマークしていた [L14] シャビ・アロンソが、自分のマークを離し、ボールに気を取られてポジション修正を怠ったことです。ただ、このシーンを見て思ったのは、「ハマンならどうしていただろう」ということです。

 リバプールには、ドイツ代表のハマンという、中盤センターにおける守備のスペシャリストがいます。スピードも瞬発力もありませんが、絶妙なポジショニングと状況判断で、相手の攻撃の起点を作らせない、実に希有な存在です。

 中盤センターは、どのチームも攻撃で使いたいエリアです。よく「ヴァイタルエリア」という言葉で表現されますが、このスペースを絶妙なポジショニングで埋めるのがハマンです。ACミランとのUEFAチャンピオンズリーグ決勝でのプレーは、彼の存在感を如実に示したゲームとなりました。後半から出場したハマンは、ポジショニングだけで前半絶好調だったカカをゲームから消してしまったのです。
 もちろん、ハマンだってどう対処したか分かりません。ただ、サンパウロのゴールは、ハマンがいるはずのヴァイタルエリアにシャビ・アロンソがいなかったことで、微妙にバランスが崩れて生まれたものでした。

 さて、ハマンならどうしたか考えてみましょう。
 【図2】を見てください。[L22] シソコは [S10] ダニーロをマークするために前へ出ていました。これによって、CBとシソコの間にはスペースができています。ここが一番危険なエリアです。また、密着し過ぎたことで、下がってきたアロイジオに気付いていませんでした。つまり、背後をはじめ自分の死角の状況はつかめていなかったのです。

 この場面、ハマンならベッタリとマークしなかったでしょう。【図6】のようなポジションを取ったはずです。CBと中盤の間に、相手が使えるスペースを作らないためです。このポジションならば、パスをもらったのが [S10] ダニーロだろうと、[S14] アロイジオだろうとタテを切れますし、【図6・白抜部】に入ってきてもチェックできます。

 ハマンはスペースマーキングが非常に得意です。相手が使いたいスペースを未然に消し、失点の原因を作らないようにします。なかなかクローズアップされませんが、それは記事を書く人たちが分かっていないだけの話です。
 リバプールに移籍する前(前所属はニューカッスル)、アーセナルのベンゲル監督がハマン獲得を熱望していました。それは、セントラルMFとしての守備能力、特にスペースマーキングがだったからでしょう。さすがはベンゲル氏。よく分かっていらっしゃる。


 シソコとシャビ・アロンソは、非常に能力の高いMFです。だからこそ、サンパウロがゴールを決めた後、CBと中盤の間にできるスペースを巧みに潰し、攻撃の起点を作らせることはありませんでした。
 しかし勝負は、前半27分の失点でついてしまいました。シャビ・アロンソは、「まさか、自分がマークを外したミネイロがゴールを決めるなんて…」と思ったことでしょう。テレビのリプレイでも、アロイジオからのパスがミネイロに通りそうになった瞬間、「しまった!」というジェスチャーが映っています。

 ボクの先発予想はほぼ当たっていました。でも、一番キーになると思っていたハマンがいなかったこと。それだけは今でも解せません。
 ケガでもしたのでしょうか?理由は分かりませんが(テレビを全部見ていないので)、ハマンはリザーブにも入っていませんでした。木曜に途中交代で出場したところを見れば、決勝には先発してくるだろうと予測ができたのですが…

 サイトで色々調べてみましたが、理由は見つけられませんでした。それくらい地味な選手なのです。でも、ビッグゲームにこそ必要な選手。彼の不在が失点に結びつき、その存在の大きさを改めて知らされることになるとは、何とも皮肉です。
 ちなみに、ボクはリバプールを応援してました(笑)