2005/11/11
受験と進路と左足 (4)

 「左足を使え!」
 「サッカー好き」の部員を、高校選手権という「サッカー選手」の集まる舞台でプレーさせるために、林監督は「パーフェクトスキルの習得」をキーワードに、長年にわたって暁星高校サッカー部を指導してきた。
 「パーフェクトスキル」とは、「ボールを止める・蹴る」から「パスを受ける際の体の向き」に至るまで、ボールを扱う上での基本技術のことである。
 技術的に難しい、トリッキーなプレーを要求するものではない。しかし、状況に合わせて足・体の使い方を的確かつ迅速に判断し、実行する、しかも無意識に…となると、かなりの修練が必要となる。「左足」はその一例だ。

 林監督は日頃のミニゲームやセンタリングからのシュート練習でよくこの言葉を発するが、監督がこの言葉を口にするのは、左サイドにおいて、利き足が右のプレーヤーが利き足でパスを受けようとした時だ。
 この場面で、左足でパスを受けたらどうなるか。相手ゴールに向かった状態で自然とパスを受けることになる。しかも、ボールと相手の間に自分の体が入っているから、自然と相手から遠い足でボールを持つことになる。相手ゴールに向かった状態で、しかも相手がボールを奪いにくい状態を作ることができるわけだ。
 もし、左サイドにいるプレーヤーが、相手ゴールを向いた状態で右足でパスを受けるとすれば…。対峙する相手は、自分に近い位置でボールと向き合えることになる。
 仮に、右足でボールをキープできたとしよう。相手はゴールに近づけさせないように守るわけだから、自然とゴールに背を向けた状態でボールをキープすることになる。攻撃は必然的に遅れることになる。

 利き足が右のプレーヤーが左サイドでパスを受ける時、必ずと言っていいほど右足でパスを受けようとする。しかし、その何気ないプレーは、対峙する相手がボールを奪いやすい状態を無意識のうちに作っていることになる。
 「左足を使え!」という言葉には、このような意味が含まれている。細かいことだが、こうした積み重ねが公式戦でボディブローのように効いてくることを、林監督は熟知している。

 監督が「パーフェクトスキル」にこだわるのには理由がある。それは、暁星高校の永遠の課題である身体能力、特に瞬発力やスピードの差は、技術で補えると考えているからだ。
 高校年代になると、プレーヤー個々の瞬発力、スピードの差は、試合の勝敗を左右する重要なファクターとなる。極端に言えば、一歩を踏み出す反応の早さが勝負を決めると言っても過言ではない。強豪校の選手たちは、この一歩が速い。それがゴール前ならば、決定的なチャンスとなりえる。

 スピードだけではない。決勝でのVゴール負けは、身体能力について考えさせられる場面だった。
 相手のFKはゴール前への素直なボールで、処理するのが難しいものではなかった。ヘディングシュートも、マークはずれていたものの、フリーで打たれたわけではなかった。むしろ、競り合っていたために、相手選手の頭にうまく当てられたと言った方がいい。
 GKの反応もそうだった。放物線を描いたシュートはゴール左隅に見事に決まったが、GKは左手に当てていた。手を弾くような強烈なシュートでもなかった。もしかすると、対戦相手のGKならはじき出していたかもしれない。

 Jリーグ開幕を前後して、ジュニアユースのクラブが増え、技術レベルは格段に向上した。小学校からの一貫した指導で高校選手権の常連だった暁星高校にとって、日本におけるサッカー人口の増加と技術レベルの向上は、全国大会の出場回数を減らす間接的要因になっていることは間違いない。
 だからこそ、利き足でない足を、状況に合わせて無意識に使えるようにするという、一見細かい部分にもこだわって指導している。
 身体能力で勝負するのは難しい。だが、両足でボールを扱えるスキルがあれば必ず武器になる。
 そして、「左足」に象徴される「パーフェクトスキルの習得」こそが暁星高校サッカー部にとって生命線である…。
 監督はそう考えている。

 林監督の「左足を使え」という言葉には、高校選手権出場への可能性を少しでも高めようとする願いが込められている。ただ、生徒たちがその意図が分かっているかと言えば、はっきり言ってあやしい。それでも、監督は声をかけ続ける。
 「忘れては話して、忘れては話して。その繰り返しだよ。3年間言い続けて、やっと分かるかどうかじゃないかな。指導ってそういうものなんだよ」

<続く>